三嶋豆の由来額

幣舗につたわる三嶋豆の由来額について、こんなことが書かれています。



明治天皇御大婚御祝典献納菓子
今上陛下御大礼奉祝献納菓子     名誉大賞金杯拾数種受領
元宮内省御用達

仰も、名誉を博せる本菓は、家祖享保年間より一家独伝の遺法にして、今を去る300年前国主金森五郎八入道長近公、農事奨励のため豆種を試作されしに地質に適し、滋養分多量又美味にして収穫多きを以て大に奨励せられたり。

其節飛騨八景の一なる久々望山の麓に農事に熱心な甚吉というものあり。ある時豆の木のまま国主に献上せしに大に賞賛ありて姓を青豆と賜りしという。

其後茶道の祖金森宗和公風月を京都に楽み飛騨の豆は非常に美味なることを称揚し大に世上に表せらりたりという。
又容器は金森家伝来の名器雲山肩衝茶入の形を模し渋草焼及びブ力缶を容器とす。

弊舗の商標馬印は昔当国大野郡丹生川村字池の俣に神馬生まれ源頼朝公へ献上したるに之を佐々木高綱に賜わり宇治川の戦に重用先陣の名を残したる名馬池月之なり。又慶長年間同村に白馬降下し国主金森公へ献上せしに国富の瑞兆なりとて大に嘆賞せられ山桜鹿毛と名付け直に乗馬とされた。

右の如く名馬出しにより国字を斐太とありしを飛ぶ馬と書いて飛騨と国字を改称されたという国名に因み左馬印を附し農商務省商標登録権を得て使用す。

飛騨三嶋豆・錦榧本舗
  一家独伝正本家三柏庵十一世 長瀬久兵衛豊山
                米寿翁柏亭敬人書


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